アドラー心理学の概要(基本理論)


 

アルフレッド・アドラー(1870~1937)

 

*アドラー心理学(Individual Psychology)の創始者。

     精神科医、心理学者、社会理論家

ウィーン郊外・ルドルフスハイムで生まれる。 ハンガリー

 系ユダヤ人の父、チェコスロバキア系ユダヤ人の母。ユダ

 ヤ人の中産階級の家庭で育ち、父は穀物商を営んでいた。


 アドラー心理学は、共同体感覚を育てることを目的とし、勇気づけを方法として行います。

 

その基礎となる理論の要点は、

 

   その1 対人関係論、目的論

   その2 自己決定性

   その3 認知論

   その4 全体論

   その5 ライフスタイル(≒性格、パーソナリティー)

 

にまとめられます。


◆その1 「人は、特定の相手に対して目的をもって行動する」(対人関係論、目的論)

 

 ある母娘の会話です。

 

母「Sちゃん、なんでA(ペット犬)の散歩をしないの!もういつもの散歩の時間、とっくに

  過るじゃない!」

 

娘「なんでそんなに怒るの?やりたくない訳じゃなくて、今ちょっとLINEしてて長引いちゃっ

  たよ」

 

母「言い訳するなんて・・・。いつものあなたの役割でしょ!チャンとやらないなんて、最低!」

 

 ありそうな光景ですね。

 この母親は、どうしたいと考えているでしょうか。相手は、娘さんですね。母親は、「怒り」で相手(娘さん)に「犬の散歩」をさせたいのがわかります。

 

 怒りは、・・・

 

「相手を思うように動かす(支配)」

「正義感を示す」

「上下の立場をハッキリさせる(自分が上位)」

「自分の権利を守る」

 

という目的のために使われます(3)。この場合は「支配」が目的ですね。感情だけでなく、人の行動はある特定の相手に対して、その人の目的を達成するためになされる、とアドラー心理学ではとらえます(4)。

 勿論、行動の原因を考えない訳ではありません。原因という過去の事に視点を置くより、過去の出来事をどう生かしていくか、つまり現在からその先に向かって人はどう動くのか、というところに視点を置く考え方です。

 

 過去の原因をどんなに考えても変えられないし、その時の自分には戻れません。考えれば考えるほど、落ち込んでしまいそうです。過去の出来事(原因)を次に生かす、その体験を今後のためにどう生かしていくか、としていくのです。また、例えば過去にやってしまった失敗などは「失敗は、チャレンジの証」「学習のチャンス」とアドラー心理学ではとらえるのです。

 

 こう考えると人の行動が理解しやすくなり、対応の仕方が分かりやすくなると思いませんか?


(3)岩井俊憲「感情を整えるアドラー心理学の教え」大和書房(2016)、pp45~79

 

(4)八巻 秀監修「アドラー心理学」ナツメ社(2016)、pp38~39(勇気づけと5大理論)、pp42~43

  (「人の行動には目的がある」目的論)


 ◆その2 「人は、自分の行動を自分で決めている」(自己決定性)

 

 皆さんには「これをやってみたい」「こういう風にしたい(なりたい)」ということはありますか? もしある場合、それらを実現できていますか?

 

某氏「メタボ検診で“メタボ”と診断されたから、ウォーキングか何か運動しないと・・・。で

   も~、時間がないし仲間もいないし。やっぱりできないなぁ。ムリムリ。」

 

某OL「外国に旅行するから、ショッピングのとき値切れるように英会話をやっておきたいな

   ぁ。でもなぁ、センスないし恥ずかしいし、言葉を暗記するのも苦手だし、できないよ

   な。」

 

某母親「子どもの成長のためには、あんまりガミガミ言わないで見ていることも絶対必要だよ

    なぁ。失敗も勉強だし。でもなぁ、黙って見ているのできない。」

 

どこにでもありそうですね。

 

 さて、ここで上の3人の「~できない」を「~しない」に置き換えてみてください。

 

 運動できない⇒「運動しない」、英会話の勉強ができない⇒「~勉強をしない」、黙って見ていられない⇒「何かしら言いたい」と。運動するのは色々と面倒だ(メタボ解消できないダメな自分でいい)、英会話を勉強しない(そういう自分でも仕方ない)、黙って見ていない(母として、子どもをチャンと関わって育てていると安心したいから言いたい)という信念があって納得しているとは思いませんか。

 

 これらの場合、もっともらしい言い訳で人に強制されたように見せかけながら、目の前のこと(課題)を避けるために「しない」と自分で決めている(自己決定性)のです(5)。


(5)八巻 秀「アドラー心理学」ナツメ社(2016)、pp38~39(勇気づけと5大理論)、pp40~41(「人

   生は自分が主人公」自己決定性)


◆その3 「人が客観的に人や物をとらえるのは不可能である」(認知論)

 

 あるテーマパークで人気の絶叫マシンがあります。

 

 それについて、ある人は「ワクワクして最高。スカッとする」といい、またある人は「あんな高速で急降下して気持ち悪くなるもの、それに乗るなんて考えられない」といいます。これは、その人のそれまで体験し学んできたことから形成された主観により、また重力に対する神経系の感度や体力などの影響もあって、感じ方は人それぞれで違います。同じもの(事実)でも、それに対する意味づけは人それぞれということです。

 これを認知論といいます(6)。

 

 何かを決めなければならない状況で、人は自分の主観で考え判断します。その上、どの人も全く同じ意見になることは「まずない」と言えます。何かを決めるには、認知の違いがあることを知り、その違いを理解して(最大)公約数の意見の方向を認め合うことが望まれます。それぞれの主観による判断は「正しい」か「正しくないか」になり易いものです。お互い「自分の基準で正しい」と主張しますから、それで決めようとすると闘争しかありません。

 

 アドラー心理学では「建設的か」という観点から、他者と協力して方向性を定めていきます。

 


(6)八巻 秀「アドラー心理学」ナツメ社(2016)、pp38~39(勇気づけと5大理論)、pp46~47(「誰

   もが自分だけの眼鏡で見る」認知論)


 ◆その4 「人の心に矛盾はない」(全体論)

 

 「意識と無意識」「感情と理性」「心と体」は分離できないもの、という考え方です(7)。

 

 ある日、「夕食、ご馳走するからどう?」と好きな相手にいわれました。本当は行きたいのに、反射的(無意識)に「都合悪いから遠慮する」と言ってしまいました。

 

 “好き”という意識なら普通は「はい、喜んで行きます」と返事するでしょう。

 この例では「遠慮する(行かない)」という無意識(的)な返事でした。矛盾しているようですが、誘われた人の目的(目的論)を考えてみると「もし、食事中になんか変なことを言ったり、テーブル・マナーに自信がないことを知られて好きな人に嫌われたくない」ということだったとしたら、どうでしょう。

 

 「好きだけど、行かない」は、「嫌われたくない」という目的からみると矛盾するものではありません。

 

 自分なりに相手を理解しているからそんなこと思ってないのに、何で怒って文句を言っちゃったの(理性と感情)?とか、好きなのに「好きな訳ないだろ!」と言って家に帰ってきた(心と体)は、どれもセットで分けられません。

 「分かっちゃいるけど、止められない・・・」も然りです。

 

 これを全体論といいます。


(7)八巻 秀「アドラー心理学」、pp44~45(「人の心に矛盾はない」全体論)


◆その5 「その人の思考や行動の傾向」(ライフスタイル)

 

 アドラー心理学でいうライフスタイルは、性格または他学派でいうパーソナリティーのようなものです。一般的にいわれている生活形態(生活のスタイル)ではありません(8)。

 

 例えば、周りにこんな人は居ませんか。

 

「〇〇さんって、いつもニコニコして楽しそうですね。」

 

 人生には良いこともあれば嫌なことがあります。嫌なことや苦しいことの方がほとんどだ、といわれる人の方が多いかもしれません。「いつもニコニコなん人なんて、偽善者か?」と思いたくなるかもしれません。

 

 ここで、この人の「ニコニコ(する行動)」の目的(相手)は「何」でしょうか?

「他者とは争いたくない(争いは悪だ)」「仲良く協力する」「相手の気分を害さない(嫌われたくない)」「好印象を持ってもらいたい」などの目的があるかもしれません。

 

 この人の信念はどういうものなのでしょう(8)、(9)。

 自分自身について「自分は自尊心が低い」「私は人の期待に応えようとする」「私は自分が何を望んでいるのか分からない」と自己評価しているかもしれません。

 

 「私は~である」という表現できる信念を「自己概念」といいます。

 

 また、社会や周りの人々(世の中)に対して「他者は争わなければ味方になる」「世の中は地球が破滅するようなことをしない」「家族は信じられるものだ」と考えているかもしれません。

 

 「社会は~だ」「男というのは~になる」「家族は~だ」「同世代の(異性)は~でない」と表せる周りに対する信念を「世界像」といいます。

 

 さらに、「自分は相手と協力しなければならない」「相手に拒否されないように自己主張を控えるべきだ」という目標があるかもしれません。

 

 「私は~すべきだ(しなければならない)」「社会は~であるべきだ」という信念を「自己理想」といいます。

 

 これらの「自己概念」「世界像」「自己理想」という形で表現できる信念体系を「ライフスタイル」といいます(8)、(9)、(10)。

 

 この信念体系がその人の思考と行動として表現され、ライフスタイル(≒パーソナリティー)を表します。アドラー心理学では運動、力動という表現で行動傾向(≒性格)を表現することがあります。

 

 ところで・・・

 

 アドラーは、「自分次第で自分自身を変えられる」と言っています。

 

 現代のアドラー心理学では、ライフスタイルは10歳までにその原型が作られると考えられています(4)、(8)、(10)。それ以降、色々な場面で成功は成功の、失敗は失敗の体験として自らとるべき行動をパターンとして強く確信として刻み、変えにくいものになってきます。それは自己決定して作り上げたものです。それなので「変えようと意識することで変えられる」とアドラー心理学では考えます(8)、(9)、(10)。

 

 「いえいえ、そうはいっても変えられませんよ」という声が聞こえそうです。

 変えられないのではなく、不都合を感じていても「それはそれで仕方がない(~なんてそういうものだ)」と、「変えなくていい」という自分の信念がある(そう自分で決めている)、とアドラー心理学では考えます。

 

 以上が、アドラー心理学の理論の要点です。 


(8)梶野 真「アドラー心理学を深く知る29のキーワード」第1編(7ライフスタイル(最優先目標)、

   pp65~77

 

(9)八巻 秀「アドラー心理学」、pp54~55(ライフスタイル(性格)は選べる)、pp72~73

  (自分のライフスタイルを自覚する)、pp218~219(習慣は必ず変えられる)

 

(10)野田俊作監修「アドラー心理学教科書」ヒューマン・ギルド出版部第4版(2002)、pp29~75

  (§3ライフスタイルの概念~§5ライフスタイルの形成)